「誰かの為に生きてこそ人生には価値がある」アインシュタインの名言に共感した話

oyako

「自分のために生きるよりも誰かのために生きる方が幸せなのではないか?」

最近、よく考えることなんです。

世の人達はどのように考えているのか知りたくてGoogleで検索してみました。

するとアインシュタインの名言として有名だったと知りました。

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父の入院で感じたこと

実は最近、父親が体調を崩し入院をしておりました。

その入退院の対応だったり各種手続きだったり、この数週間は父のために動き回りました。

そちらもやっと落ち着いてきたので今日ブログをこのように更新してます(^◇^)

きっとこれを見た皆さんは「大変だったね」という感想を抱いてくれるでしょう。

確かに大変でした。平日も含めて対応していたわけですが、仕事をしている身なので休む調整が大変でした。

でもね、大変だという気持ちだけじゃないんです。

生まれてから初めてこんなに父と話をしたし、父親のために動き回りました。

父親から言われた「ありがとう。助かったよ。」の言葉。こんなに父親に感謝されたのも初めてですよ。

そしてこれまで以上に父親を心配しながら生きることになると思います。

それでもね、それが辛いとか嫌だとかそういう気持ちは不思議とないんですよ。

父親のためにもしっかり生きなきゃ」こう思えてくるのです。

すなわち生きる力になるのです。

守るべき人が与えてくれる生きる力

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結婚して娘がいるアルパパは3人家族の大黒柱です。

当然ですが家族を養っていかなければいけません。

この当たり前のことが計り知れない大きな力になっていると最近思います。

まず生きる意味が、家族を養うということに変わったのでした。

家族を養うためにお金が必要。

そのお金を得るために仕事をしなければいけませんよね。

その仕事で理不尽なことがあっても、投げ出してしまいたいことがあってもすぐに浮かんでくる家族の顔がありました。

そのおかげでどんな瞬間も乗り越えてこれたと思っています。

人が生きる意味は人それぞれですよね。

そんなアルパパも結婚する前は特に生きる意味を見出せなかったです。

しいて挙げれば「省エネ」で生きたいと思っていました。

省エネとはどういうことかというと

・常に70%ぐらいの力しか出さないことで疲れないようにしたい
・その上で成果はちゃんと出すようにする

本気出さないで、疲れないで生きていきたいと思っていました。

何故そんな風に考えていたのか。

社会人なりたての頃に激務で死にそうな上司達を見て

「あんな風になりたくないな」

と考えていたのだと思います。

だから出世したくない、仕事が出来る奴になりたくない。

そう思っていたと。

そして結婚し、娘が生まれ、家族を養うために必死になっています。

養っていかなければいけないというある意味強制的な理由でもあるのですが、誰かのために生きるということは自分の力を2倍でも3倍にでも高めることが出来ることだと感じています

これはとっても幸せなことだと考えるようになったのでした。

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